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発行部数で比較しよう!売れてる占い本はこれだ!

日本には毎年多くの占い関連の書籍が発行されています。当然、同様の占い本だけでも、毎年の運勢毎に発売されるわけですので新たな新書として発行されていきます。

さらに、それとは別に新たな種の占い本も頻繁に発売されていますね。実際のところ、占い方法が類似していても、種類が豊富すぎてどれを手に取ったらいいか選び疲れてしまいますね。

今回は、占い方法別の書籍の中で売れ筋の本や人気占い師の紹介をして見ましょう。

やはり、日本の占い師の第一人者である細木数子氏の著書は群を抜いて売れ筋ですね。累計9300万部以上で世界記録としてギネス認定も受けています。現在はTVなどの露出が多く、その影響も大きかったと思います。

細木氏が独自の研究で編み出した「六星占術」という占いに関する著書が中心です。この六星占術は古くから中国に存在する、易学や万象学を元に確立されたとされています。

では、代表的なジャンルごとに見ていきましょう。

まずは、四柱推命。この四柱推命とは、中国から古くから伝わる人の命運を占う方法です。

1位 怖いほど運が向いてくる!四柱推命(青春新書プレイブックス)
2位 ゲッターズ飯田のあなたのこたえ合わせ占い60の人間性ニックネーム
3位 昇龍の四柱推命開運暦

といった感じになります。2位のゲッターズ飯田氏もよくTVなどでお見かけしますね。

次は手相占い。こちらは誰もが知る占いですね。手のひらの皺、手相からその人の人格や運命を導き出す占い方法ですね。数ある占いの中でもかなりポピュラーな部類に入るものです。

1位 すぐに役立つ銭流なるほど手相術
2位 運気アップ手相術 手のひらが教えてくれる幸せのサイン
3位 島田秀平の手相占い

やはり書籍数多い手相占い。様々な本が出ていますね。島田秀平氏もTVで人気の芸人さんですね。どうしてもマスメディアでの露出は本の認知度も高く、売り上げにも影響してきているようです。

では、タロット占いはどうでしょう。タロット占いとは、タロットカードと呼ばれる専用のカードを使用して占う方法。

1位 タロットバイブル78枚の真の意味
2位 シークレット・オブ・ザ・タロット 世界で最も有名なタロットの謎と真実
3位 いちばんやさしいタロットの教科書

タロットの世界になると海外の書籍が多く、それを和訳したものが発売されている傾向が他の占いより多い気がしますね。

最後に星座(星)占い。

1位 六星占術による~シリーズ~
2位 星ダイアリー~シリーズ~
3位 3年の星占い~シリーズ~

こちらは星座ごとの書籍になりますね。細木数子氏のシリーズはやはり人気ですね。

代表的な占いに関する書籍の売れ筋はこのような感じになっています。書店に行くと本当に多くの数が所狭しと陳列されていて、迷ってしまいます。今回のこのランキングを参考に手にとって見てはいかがでしょうか。

また、神秘的な占いの世界ですので、偶然手にしたものをそのまま購入してみても面白いかも知れませんね。

古代の占い方は?信じられない占い方法はこれだ!!

”占い”と一言でいっても、今の世の中には数え切れない程の種類が存在しています。

星座占い、血液型占い、星座占い、タロット占いなど誰もが一度は聞いたことのある代表的なものから、妖怪占い、いぬ占い、香水占い、漫画占いなど、何でもありかよって具合で無限に出てきます。

ここまでくると、占い結果が当たる当たらないは二の次で、行為そのものを楽しんでいる風潮もあるかも知れないですね。

現代に生きる私たちの中で、一度も何かしらの占いをやったことが無いという人は、極めて少ないのではないでしょうか。

占いの起源は、紀元前より遥か昔とされていますが、この時代にも当然今では信じられないような占い方法が存在していたのではないでしょうか?

現代とは占いの意味というか、占いに対しての考え方が少し違ったものだったことは想像ができますが、国の行く末、文明の発展などとても重要事項の道しるべとなり得るツールだったのではないでしょうか。

そんな時代の変わった占い方法をいくつかご紹介してみましょう。

ある説によれば日本の古墳時代には鹿の骨を用いて、”太占”という占い方法が主流だったとされています。鹿の肩甲骨を焼いて、そのひびの入り方で吉兆を占う方法とされています。

この方法はお隣の大陸、中国から伝わったようです。

占いの起源として代表的なものに”亀卜”があります。”きぼく”と発音しますが、字の如く亀を用います。亀といっても甲羅の部分ですね。

こちらも太占と同様、亀の甲羅を熱し、ひびの入り方でこの先の吉兆を占うのです。中国で紀元前から行われていた記述も残っています。その後、5世紀から8世紀頃の日本にも伝えられたとされています。

前述のように、この時代の占いが国や文明の発展を予兆していたとされていますので、今から考えるとこの方法では少し頼りない気もしてきますね。

西洋の方に目を向けてみますと、西洋は紀元前からすでに占星術が発達していたようです。いわゆる星占いの起源ですね。

しかし、当然現代のような精密な機械などはありませんので、言い換えれば少し適当ではあったようです。二つの分かりやすい星と太陽の位置のみで答えを出したり、毎日の天候具合などを参考に、川の氾濫や地震などを言い当ててたような記録もあるようです。

今では考えられませんが、当時は必死にこの先起こる吉凶を知っておきたかったのでしょう。少し、幼稚なこの方法が現代浸透しているあらゆる星占いの礎になったことは間違いありません。長い長い年月をかけて発展してきたのです。

文頭に述べましたが、古代にももっともっとたくさんの占いが存在していたかもしれません。現代とは物質的な違いは大きくありますが、水や石、木や風など自然界のものを利用して、五感で感じ、自分たちの文明を発展させ滅びることの無い道筋を必死に模索していたのだと思います。

現代から見れば、占いの方法自体は幼稚で全く根拠の無いようなもですが、重要度としては比べ物にならないものだったかもしれませんね。

12星座が運命を導く!天の動きで生まれてきた意味を知ろう

天の星の動きを観察して占う星占い。この星占いの発祥は西洋にあるとされています。一説によると紀元前2000年ごろの人々にはすでに広まっていたとされる記録もありますが、さらにその以前から使用されていた可能性も少なくないようです。

今回はこの星占いに欠かせない12星座について、天体の動きも踏まえて解明していきましょう。

そもそも代表される12星座はどのように生まれてのでしょうか?

星座の始まりは、古代西洋の人々にあるとされています。規則正しく動き、位置関係も常に一定の天体の動きを観察することによって、季節や自然の摂理を記録していたようです。

そして、よりその動きを明確に分かりやすくするために、星と星を結び現代の星座に近いものを作り上げたのです。さらに、星座を神と重ね合わせ、数々の伝説と共に祈り続けてきたのです。

この時代の生活を想像してみると、当然娯楽といえるようなものは少なく、夜空に浮かぶ無数の星を自分の都合のいいように結び合わせ、動物や物、さらに架空の存在を作り上げることはとても楽しい遊びになっていたかも知れませんね。

詳しく見ると88もの星座が存在しているようです。今回は星占いに関係する、黄道12星座についてのお話になります。黄道とは、天球上を恒星が1年かかって1周する円の経路を指します。

では、黄道12星座を整理してみましょう。おひつじ座・おうし座・ふたご座・かに座・しし座・おとめ座・てんびん座・さそり座・いて座・やぎ座・みずかめ座・うお座になります。

実際の夜空では、なかなか正確に形を作り上げるにはとても難しいものばかりです。この黄道12星座は太陽の通り道にあるのが条件のため、見易さよりは位置が重要になるからです。

地球から見た太陽は一年間を通して規則正しく位置しています。この地球からみた太陽の軌道を「黄道」と呼びます。この黄道に沿った位置に位置していることが重要なのです。

この動きや位置を元に、古代の人々は現在の暦に匹敵するぐらい正確なものを割り出していたのです。

では、いわゆる星占いなどに使われる星座はどのように割り振るのでしょうか?

それは、生命が誕生したときの太陽の位置に、どの星座があるかにより個人の星座が決まります。

つまり誕生日には、太陽の近くに自分の星座が位置している可能性が非常に高いということです。

さらに星占いでは、太陽、黄道12星座に加え、水星・金星・火星・木星・土星・天王星・冥王星・海王星などの惑星の動きも加えて運命を導き出します。

古代の西洋人は、神秘的な動きをする天体がこの先起こりうる出来事を、星の動きで表現しているのだと考えていたのです。

もちろん、星の動きや星座で全てが暗示されるわけではないと思いますが、生命誕生のタイミングと自然の摂理の代表ともいえる夜空の星々の動きを重ね合わせ、未来を導き出す方法を希望と共に神秘的に作り上げてきた歴史なのでしょう。

現代人の私たちにもそのころの人々のロマンのようなものが伝わり、なにかゆっくり夜空を眺めたくなるような気になりますね。

意中の相手をGETしよう!恋愛占いで気持ちを高めよう!

この世の中には、数え切れない程の占いが存在しています。誰しも何かしら一つ二つは試したことがあるのではないでしょうか。TVを付けただけでも毎日何かしらの占いを目にしますね。

日常的な占いは、当たるあたらないに関係なくただの参考や娯楽の要素が強いように感じます。金銭が絡まないのもとても大きな要因かも知れませんね。特に根拠を求めるのではなく、くじ引き程度の感覚でしょう。

今回は、溢れる種の占いの中でも一番人気であろう”恋愛占い”を色々な角度から覗いてみましょう。占いやその類に全く興味がない方でも、気になる相手との間で占った経験があるのではないでしょうか。

一言に恋愛占いといっても、溢れるほどの種類がありそうですね。運試しのような軽いものから、ディープなものまで。時代と共にその数も増える一方ではないでしょうか。

表現は異なるかもしれませんが、お寺や神社でも縁結びの神様にお願いする風習は、古く日本から存在していますよね。昔も今も自分以外の人間の心の内を、思いのまま知ることは当然できません。ただ気になる相手になればなるほど知りたいものですね。

それを知ることができれば、行動も大胆になることでしょう。しかし所詮は叶わぬ夢…。せめて、占いで参考程度までに導き出してもらおうということです。

星座占い、手相占い、血液型占い、タロット占い…etc 挙げればきりがありません。しかし、全てに共通することは学術的根拠は一切存在しないという点です。

方法によっては統計学に極めて近いものもあるかもしれませんが、ほとんどが証明は不可能でしょう。星座占いなどは古く西洋から伝わる占星術を元に簡素化されたものが多いですね。

西洋占星術は、古代の人々が天体の動きを見ながら行い継承されてきた歴史ある方法ですが、そこから導き出される答えには、科学的根拠もありません。

しかし、それを信じるものにとっては、最大で最強の道しるべになっていくのです。

それは決して悪いことではないと思います。恋愛に関していえば、誰もが臆病になり意中の相手に対する行動も消極的なものになりがちです。そこへ、良くも悪くも道しるべがあれば、この先の行動に背中を押すことには繋がるでしょう。

中には、高額な資金を費やし、易者と呼ばれる人に助けを乞い人生を賭ける人々もいることでしょう。しかしこれは少し行き過ぎた、今回のテーマの”占い”からはみ出しますので広げないようにします。

恋愛占いとは、極論かもしれませんが自分に都合の良い結果が出るものを信じる、言い換えれば都合の良い”わがまま占い”といえるかもしれません。なぜなら、占いで思いもよらぬ結果になったとしても、一度好きになった相手を嫌いになれるものではありませんよね。

背中を押してくれるような結果が出たときに都合よく受け入れるゲームのような要素が多いですね。

どの方法の占いもそうですが、占い結果に対しその場のみで一喜一憂し楽しみ事が恋愛占いとの上手な付き合い方かも知れないですね。

易経とは?歴史書物から紐解く占いの世界と歴史

日本に易(占い)が伝わったのが、5~7世紀頃の間といわれています。実際には正式な記録が見つかっていないだけで、さらに以前から人々の間にはそのようなモノが存在し、広まっていた可能性もあるでしょう。

まあ、その変になってしまうとあくまで根拠の無い予想になってしまいますのでここら辺で…。

では、大陸から日本に伝えられたとされる占いに関する書物は、どのような形で残っているのでしょうか。さらにそこにはどのような内容が記されているのでしょうか。そのことを探るうちに”易経”というキーワードが浮かび上がってきました。

今回はこの”易経”を探ってみましょう。

まず易経とはいつの時代に作られた書物なのでしょう。それは、中国、周の時代であると記されています。大まかな内容は、自然の摂理と人間の一生とのつながりや変化を説いたものである。

正確な作者が解明されていませんが、”三聖”すなわち、フッキ、周の文王、その息子、孔子などが大きく関わっているとされています。フッキとは、中国成り立ちの歴史には欠かすことのできない人物で、一部伝説的な人物である。正確な記載ではないため謎。

書物名の中に、”経”の字が含まれるのは、多くの儒家の間で経典として使われていたのが由来があるからであります。その為、儒教の経典では現在でも筆頭に上げられる書物です。

では、”易”の意はどうなっているのでしょうか。こちらに関しては諸説あり、易という漢字の成り立ちが、”月””日”から構成されています。そのため天体の動きから人生の予兆を読み取る占星術に習ってといわれています。

やはり自然界で行われる一定の法則が、人々の一生と密接につながっていると古代の人々は考えていたのが分かりますね。自然の摂理を読み取る方法はいくつかあった用ではありますが、易経には具体的な占法は残念ながら記されいません。

あくまで、経という精神論や嗜好的な見方が強い書物といえるかも知れません。

さらに、この時代ですでに、西洋で遥か昔から存在していた占星術を参考にしていた事が分かっています。やはり自国以外の文明の発達にはとても関心があったことも窺い知れます。

この時代の人々が宇宙観のようなものを持ち合わせていたことも分かりますね。

この時代の易は、主に政治的利用がメインでした。やはり文明の発展、国の統治の継続などには欠かせなかったのでしょう。その為に儒教の筆頭にあることも納得できますね。

単なる神頼み的要素と違い、自然の法則との調和が人類の発展、継続に繋がると信仰し、それを学術的に記し理解することにより、精神的柱になる根拠付けをしていたのでしょう。

やがてそれは海を渡り、日本にも伝わることになります。当時の日本の文明も例外ではなく、多くの革命者たちがこの易を理解、利用し文明発展の大きな支えにしてきたようです。

この時代の日本は文字が無く、これを期に中国の漢字を日本風に独自に変化させていったと考えられています。

易経は、占いの礎となるばかりだけではなく、日本の漢字からなる独自の文明発展にとても多くの影響を与えたといえるでしょう。

すべては大陸から!琉球に実在する占い師ユタの秘密

古くから沖縄には”ユタ”と呼ばれる特別な能力を持つ人々が存在しています。東北地方の巫女さんやイタコ、いわゆる霊媒師に近い認識でしょうか。

しかしユタには沖縄独特の歴史が大きく関係し、一言で霊能力者のようなオカルト的な表現は腑に落ちない神秘さも浮かび上がってきます。

そんなユタの歴史と役割、現存するユタたちの生活を覗いてみましょう。

古くから沖縄には、御獄などの聖地やグスクと呼ばれるお城において、集落や部落などのまつりごとを司際する神司と呼ばれる神人(カミンチュ)と各個人の運命や土地などの厄払い的な任を担うユタが存在します。

この二者の関係性は、相反する事柄が多く役割が分かれているが、二者共に沖縄の人々には指示される民間信仰の支えとなってきました。

あくまで民間での認知の世界であり、沖縄での公的な場での能力利用は無いものとされる。前述の神司は女性のみが名乗れる名であるのに対し、ユタは男性も存在しています。

実際のところユタを探すのはなかなか容易なことではありません。これは古くからの沖縄の歴史に関係しています。

リュウキュウ王朝時代も含め、ユタとは正式な職業でなければ国から認められていた存在ではありません。それゆえ、政府などからは国民たちに余計な信仰を吹き込む邪魔な存在とされていたようです。結果として、ユタ狩りやユタ禁止令などが発令され、自らユタを名乗るものはいなくなってしまいました。

しかし、現代に至る前その存在が途切れることなく受け継がれてきたのは、民の中に多くの指示があったからではないでしょうか。当時原因不明の病に犯されて医者に診察をしてもらい、それでもと完治できない場合、その医者がユタに見てもらうことを薦めていたそうです。それ程、信用度もあったのでしょう。

では、ユタとはどのような経緯でなるのでしょうか。

ユタの多くは、幼いころから他人と違う能力が自分に秘められていることを認識するそうです。さらに御獄などの神聖な場所に近づくと頭に激痛が走ったり、体全体に何らかの変化を感じるのだそうです。

そういった経験をしていく中で、自分がユタであるのではないかと気づき、修行を重ねていくようです。また代々の家系も影響しているようで、親から子へ、さらに孫へと能力が引き継がれていくこともあるようです。

ユタの役割には、占いのような要素も多く含まれています。お墓の移動や、新たな土地への移居のアドバイス。また婚礼の日取りなどを決めるなどのほかに、未来を予兆できるとされ、その発せられた言葉を参考に大切な行事の日取りを決める人々も多くいたようです。

やはりどの時代でも人々は、より困難の無い幸福な人生を送りたいという願望は持ち合わせていたようですね。

そしてそれを知り得る者にアドバイスを受け参考にし、生きる未知を選択してきた歴史があります。もちろんそういった能力を信用せず、耳を貸さない人々も多く存在していたことでしょう。

しかしこの先平和を目指すものにとって、神に祈りを捧げるのか、はたまた人間の科学がそれに変わるのかは断言できないところがあるのではないでしょうか。

そうなると、ユタのような神や自然に通ずるものたちへの信仰は、消えることなく継承されていくのです。

とても不思議で神秘的な存在である沖縄独自の存在ユタ。このユタたちが沖縄全体の、ただ家族や仲間の幸せを願い生活するものに大きな道しるべを灯し続けてきたのでしょう。さらにその明かりの元はこの先も、ユタの手により灯され続けることでしょう。

占いとは?神頼みとは違うものだと認識しよう!

古代の人々は、天や木々、水など自然界に存在しているものを神と例え祈りを捧げてきました。そしてその神々による自然の法則に従い文明を発展させてきた歴史が事実存在しています。

さらに、祈るばかりではなくその自然の動きを探求し根拠を作り、法則化しようとしてきました。それがいわゆる占いの起源であるといえるかもしれません。

文明の発展を占ったり、時にはこの世に生まれ出た人間の運命を占ったりとどの時代でも愛され使用され続けてきたのです。

一方的に神に祈り災いを逃れようとする行為と違い、法則化された占いとは、いったいどのように発展してきたのでしょうか。さらに人々は現在に至るまでどのような形で利用してきたのでしょうか。

一般的な占いの起源は、紀元前2000年前後の中国にあったとされています。

このころは、亀の甲羅を割り、その割れ方やひびの入り方から国や王様の運命を読み取っていたようです。少し根拠の無いその場任せの方法ではあるような気がしますね。

少し根拠のある現在の占いに近いものに整理されたのは、それから1000年ほど後の周の時代ごろになってからです。

もう少し理由付けがされた占いといえば、太陽、月、星の動きから読み取る手法ですね。いわゆる占星術です。

これは西洋の地域で特に発展していきました。天体の動きを法則化し、生命の一生と重ね合わせて答えを導き出します。

星の動きなど自然の摂理は、一定の決まった周期に沿って運動が行われています。その運動を研究し、一種の統計学のような形で作り上げたようです。

現代のように、高性能の測定器があった訳でもなく、また多くの天文学的資料も当然無い時代です。そんな中、どのような方法や道具で天体の動きを知り得たのか、想像しただけでも苦労は計り知れません。

全般的な占いの世界を見てみると、この統計学的な手法が用いられるのが主になっているようです。甲羅のひびの入り方と言う、運任せの占いも神秘的ではありますが、やはり人間というのは、何かしらの根拠が存在しているほうが受け入れやすい傾向があります。

しかし、易者が事実存在しているように統計学以外の特別な直感のようなものが加わっているのが、やはり易(占い)です。一くくりに統計学とは表現でき内面も持ち合わせているということです。

以上のことから、占いは単なる”神頼み”とは違うということがご理解いただけたのではないでしょうか。しかしながら、学的な根拠だけではなく、自然の摂理や第六感で感じ取るような神秘的な手法も持ち合わせて発展を繰り返してきたのです。

ゆえに、占いの結果自体が当たるあたらないはどの時代も二の次であり、あくまで参考や心の拠り所であった可能性も否定はできません。

神や崇拝対象を作り上げる宗教的な観点とは別な、人類が繁栄し続けるための一つのジャンルとして、古代から人々に愛されてきたツールとしての役割が大きいかも知れませんね。

さらに、その独特の神秘的な要素が人々の心を躍らせたのでしょう。

生命の誕生から星が示す人間の一生のバイオリズム!!

占いには世界中で様々な方法や手法が存在しています。その中でも、極めて代表的と言えるものに星占いがあります。

星占いは、専門的な言い方にすると”占星術”になります。特に古代から西洋諸国で広く親しまれた歴史があります。

星占いは、特に生命誕生との深い関わりが元になっています。古代の西洋人たちは、空に浮かぶ星の動きと、人間の生きるバイオリズムとの間の関係をすでに理解していたといえます。

それではこの神秘的な西洋占星術を元に、星占いと人々の一生との関係を探求してみましょう。
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西洋での占星術は、紀元前2000年ごろにはすでに存在していたのではないかという、記録が残っています。

この時代では天に浮かぶ星々と神々を結びつける思考があり、世の中で起こる出来事全ては星が表現していると考えていました。星の動きから、この先起こりうる出来事の前兆を読み取り、文明の発展の大きな道しるべにしていたのです。

当然ながら星の位置や動きを読み取るわけですが、現代のような天文学や高性能な機械が発明されていませんので、とても大変な作業であったことは想像できます。

手法はホロスコープと呼ばれるチャート表を使用します。

このホロスコープに、天体の配置による記号を定め、占う対象者の出生時期や年齢を比較表現し、答えを導き出しています。

このホロスコープが一般的に普及しだしたのが、紀元前2世紀ごろだといわれていますので、西洋の人々の高い技術力が垣間見えます。

もちろん当時の主な使用目的は、国や文明の発展を読み取るものでした。国に起こる悪影響な出来事の予兆を読み取ることにより難を逃れることができると信仰されていました。

同時に、人間の出生時の星図を下に個人の運命を占っていたようです。特に太陽の運動と月の満ち欠けが大きく関わっていると考えられていました。

月の満ち欠け運動と天に散らばる星々の位置関係をホロスコープに表現し、占います。このときそれぞれの星に12の神様を割り振ったのです。これが現代にも残る星座になります。

現代にも伝えられいますが、星座にはそれぞれストーリーがあり古代人のロマンティックな一面も覗かせていますね。

天体の動きには一定のリズム、周期があります。これは自然の法則であり、自然界の住人である人間にも当てはまると考えられていました。その法則に従い生きることが運命を幸福な形に近づける事ができると。

出生時の星位からそれぞれ始まり、一寸の狂うことも無く繰り返し行われる運動とを運命のリズムと重なり合わせ、最適な未知を占い示すのです。

またこの周期は星座の数や自然界と同じで、12年で一周するとされています。これは現代でも広く広まる考え方ですね。

これは、人間の力ではどうすることもできない自然の摂理であり、とても偉大な事柄なのです。

古代から星や自然を神と崇める人間の思考が、自然界の一員としての認識と合わさり、従い生きることが文明や個人の発展に繋がるという礎になっていたようですね。

星の運動から導き出す、人間の一生。とても神秘的で歴史漂う占いの方法ですね。

自然界の法則とは?人間と自然の摂理の神秘的な関係

占いというのは古代から続く人間の知恵が生み出した産物であることは間違いありません。しかしながら、その方法や根拠には神秘的な自然の法則が裏付けになっているようです。

本来、易や占いには科学的な根拠は存在しません。言い換えれば、占いの内容が外れても仕方が無いという前提の下、行われています。

しかし、古代から語り継がれ現代さらに進化を遂げている占いには、自然の法則と人間の生命のリズム・バイオリズムのようなものに密接な繋がりから法則を発見し、出来上がっているとしか思えない点が数多くありますね。

今回、古代人が見出した、自然の法則と人間のバイオリズムとの不思議で密接な関係を探ってみましょう。

水は高いところから低いところへ流れていく、種をまけば芽が出る、太陽は東から昇り西へ沈む、こういったのは自然の法則の代表的な事象ですね。さらに掘り下げ人間の生命の営みとの関連がキーになりそうです。

大陸から7世紀前後に日本に伝えられたという”易”は占いの原点であるとされています。この易に関する記述が中国に残る古代の書物”易経”に残されています。そこには易は、太陽、月、星などの動きを参考に、人間の運命を読み取るという意の文面も記されています。

このことからも分かるように、自然界に起こることが人間の生き方にも大きな影響があるようです。人間も言うなれば自然界の一部にあたります。ですので、自然の法則が当てはまることは当然かも知れません。

人間には知恵と意思が存在しています。この知恵と意思が原因で自然の法則に反した行動を行うことがあります。これが本来の定めに逆らい災いをもたらすと考えられていたようです。

表現を変えると、自我を抑え自然と調和した暮らしをすることにより、難を逃れより幸福な人生を手に入れることが可能だと信じられていたのでしょう。そういった流れの中で星の動きや様々な自然現象を研究し、さらにそこから法則に近いものを作り上げ、占いの基礎が出来合ったのだと考えられています。

高度な機械や技術を使うのではなく、自然の摂理を元に人間御の五感のようなもので感じ取ったままを記していったのでしょう。

現代では高度な医療技術の進歩で、生命の誕生までもが不自然に行われる場合も良くも悪くも決して少なくありません。しかし、古代の生命の誕生は当たり前の様に自然現象の一部に過ぎなかったのです。

潮が満ちて生命が誕生し、引き潮で死を向かえる。このような神秘的な思考が現代よりも日常に満ち溢れていたのではないでしょうか。

前記の東洋の占いの原点書物とされる中国の易経には、自然界の象徴ともいえる「山」「天」「地」「風」「水」「雷」「火」「沢」この八つの営みを基準に表現がされている事実があります。

この八つの自然現象に生命が誕生した時期や、年を重ねて起こる様々な変化を組み合わせて易(占いの)基礎を作っていったのです。

現代人がなかなか感じることが困難な、自然界と人間の不思議で神秘的な営みの重なり合う法則を、数千年まえの古代に生きる人々は、より明確に感じとりながら生活を送り、人生を全うしていたのですね。

人間に起こる全ての事象が、自然の摂理に従って行われればより幸福な人生が送れることを信じていたのでしょう。

占いの起源は?中国四千年の歴史に隠された真実あり!

現代を生きる私たちにとって、人生という長い長い道のりは決して”楽”な面ばかりではありません。苦楽が複雑に絡み合う、迷路のような側面も持ち合わせています。

色々な感情を心の中に持ちながら、誰もが必死になりその長い道のりを進んでいます。

しかし人は決して一人では生きていくことはできません。自分以外の人であったり、思想であったりと何かに頼りながら人生を歩んでいくのです。

これは特別なことではなく世の中に生きる全ての人に当てはまる事実なのです。生命の誕生の瞬間すでに、人の力を借りているのですから。

そんな中で古代から多くの人々に愛され受け継がれてきた中に、”占い”がありますよね。人間の迷いを打ち消すツールとして広く認知されていますね。

そもそも、この”占い”とはいつごろから始まり、そのような形で使用され続けてきたのでしょう。今回はそんな謎を紐解いて見ましょう。

古代の日本では、自然を神として信仰する風習は存在していたようです。森に生きる大木や石、そういった特別な存在感を示すものを神と定め、願いを捧げて、祈り、災いに対する恐れを紛らわしていたようです。

良く耳にする、邪馬台国の卑弥呼も神に祈りを捧げ、集団を統治していたとされていますよね。

神に祈ることにより、強靭な見方をつけたかのような自信が生まれてきます。節目節目で神に祈りを捧げ、感謝し続けることは人間界にはごくごく自然に生まれてきたものと考えられているのは理解できそうですね。

大地や天など自然の産物の中に、人や文明の発展を後押しする何かを見つけていたのでしょう。占いという形でははっきり記録はありませんが、それに非常に近いものはすでに存在していたということです。

そこで、7世紀ぐらいから大陸、いわゆる中国から、現代の占いの形になるものが日本に伝わります。実際のところは書物や文献からですので、それ以前かも知れません。

記述からすると、平安時代の貴族たちの間で中国から伝わった占いが流行していた事実があるようです。

さらに、現代の占いの感覚よりも信じられていたようです。”占いを全て信じ、日々の生活が翻弄されていた”ような文献まで残っているようです。

それでは中国ではいつごろどのような形で占いが存在していたのでしょう。

これは、残っている文献によると、紀元前1700年ごろに亀の甲羅を落として割り、その割れ方やひびの入り方で、吉凶を判断していた記録があります。この行為が占いの起源に近いとされています。実際にこの時代の遺跡から、とてつもない数の亀の甲羅が発掘されています。

この事実を踏まえると、4000年近い歴史があるのです。中国4000年の歴史とは、よく言ったものですね。

中国では”易”や”易経”といわれ、色々な形で現代でも残されています。星を見たり、生命の誕生のタイミングを元にしたりと、古代日本にもあったように、自然のリズムを参考にしていたようですね。歴史も深く、その結果中国でより深く探求されたものが日本に伝わってきたようですね。

争いが幾度と無く繰り返されていた時代ですので、占いに対する真剣度もとても深いものだったと思いますね。自分たちの文明が発展するかどうかの大きな指針として存在していたことでしょう。