占いの起源は?中国四千年の歴史に隠された真実あり!

現代を生きる私たちにとって、人生という長い長い道のりは決して”楽”な面ばかりではありません。苦楽が複雑に絡み合う、迷路のような側面も持ち合わせています。

色々な感情を心の中に持ちながら、誰もが必死になりその長い道のりを進んでいます。

しかし人は決して一人では生きていくことはできません。自分以外の人であったり、思想であったりと何かに頼りながら人生を歩んでいくのです。

これは特別なことではなく世の中に生きる全ての人に当てはまる事実なのです。生命の誕生の瞬間すでに、人の力を借りているのですから。

そんな中で古代から多くの人々に愛され受け継がれてきた中に、”占い”がありますよね。人間の迷いを打ち消すツールとして広く認知されていますね。

そもそも、この”占い”とはいつごろから始まり、そのような形で使用され続けてきたのでしょう。今回はそんな謎を紐解いて見ましょう。

古代の日本では、自然を神として信仰する風習は存在していたようです。森に生きる大木や石、そういった特別な存在感を示すものを神と定め、願いを捧げて、祈り、災いに対する恐れを紛らわしていたようです。

良く耳にする、邪馬台国の卑弥呼も神に祈りを捧げ、集団を統治していたとされていますよね。

神に祈ることにより、強靭な見方をつけたかのような自信が生まれてきます。節目節目で神に祈りを捧げ、感謝し続けることは人間界にはごくごく自然に生まれてきたものと考えられているのは理解できそうですね。

大地や天など自然の産物の中に、人や文明の発展を後押しする何かを見つけていたのでしょう。占いという形でははっきり記録はありませんが、それに非常に近いものはすでに存在していたということです。

そこで、7世紀ぐらいから大陸、いわゆる中国から、現代の占いの形になるものが日本に伝わります。実際のところは書物や文献からですので、それ以前かも知れません。

記述からすると、平安時代の貴族たちの間で中国から伝わった占いが流行していた事実があるようです。

さらに、現代の占いの感覚よりも信じられていたようです。”占いを全て信じ、日々の生活が翻弄されていた”ような文献まで残っているようです。

それでは中国ではいつごろどのような形で占いが存在していたのでしょう。

これは、残っている文献によると、紀元前1700年ごろに亀の甲羅を落として割り、その割れ方やひびの入り方で、吉凶を判断していた記録があります。この行為が占いの起源に近いとされています。実際にこの時代の遺跡から、とてつもない数の亀の甲羅が発掘されています。

この事実を踏まえると、4000年近い歴史があるのです。中国4000年の歴史とは、よく言ったものですね。

中国では”易”や”易経”といわれ、色々な形で現代でも残されています。星を見たり、生命の誕生のタイミングを元にしたりと、古代日本にもあったように、自然のリズムを参考にしていたようですね。歴史も深く、その結果中国でより深く探求されたものが日本に伝わってきたようですね。

争いが幾度と無く繰り返されていた時代ですので、占いに対する真剣度もとても深いものだったと思いますね。自分たちの文明が発展するかどうかの大きな指針として存在していたことでしょう。